父が86歳で天寿を全うしました。東広島市西条町で生まれ育った父は、若い頃から酒造りに携わり、西条の日本酒文化を支えてきました。「酒都・西条で生まれたことが誇りだ。この町で最期を迎えられれば本望だ」と、父は晩年よく話していました。
父が亡くなったのは、秋の酒造りが始まる季節でした。西条の酒蔵通りからは、新酒の仕込みが始まった香りが漂ってきていました。私たち家族は、父が愛したこの西条の家で葬儀を行うことを決めました。しかし、東広島市には提携の葬儀場がなく、自宅葬をどのように進めればいいのか分かりませんでした。
父がお世話になっていた酒蔵の方から日本終活セレモニーを紹介していただき、すぐに連絡を取りました。担当者の方は「東広島市での葬儀も対応しております。酒造りに人生を捧げられたお父様の葬儀、心を込めてお手伝いします」と言ってくださり、その日のうちに西条まで来てくださいました。
訪問時、スタッフの方は父が大切にしていた酒造りの道具や、若い頃の蔵での写真を見て、「お父様の情熱が伝わってきます。これらを祭壇に飾りましょう」と提案してくださいました。また、父が携わった銘酒のラベルや、酒造り の資料なども配置することになりました。
準備段階では、父が生涯大切にしてきた杜氏の道具や、酒造りの工程を示す写真なども展示スペースに飾る提案をいただきました。西条の酒造りの歴史と、父の人生が重なり合うような祭壇が完成しました。
葬儀当日は、家族と酒蔵の仲間たち、そして父が育てた若い杜氏たちが集まりました。「お父さんから教わった技術は、今も私たちが受け継いでいます」と、若い杜氏が涙ながらに話してくれました。読経の間、窓の外からは酒蔵通りの賑わいが聞こえ、父が長年親しんだ西条の音が響きました。
スタッフの方々は、父の酒造りへの情熱を理解し、細やかな配慮をしてくださいました。火葬場への移動の際は、父が毎日通った酒蔵通りを選び、赤瓦の煙突が並ぶ西条の町並みを見ながらの最後の旅となりました。酒蔵の方々が外に出て、深々と頭を下げて見送ってくださいました。
火葬後は、自宅に戻り、父が携わった日本酒を囲んで会食をしました。父の酒造りへの思いや、西条の酒文化についての話に花が咲き、温かい雰囲気の中で父を偲ぶことができました。酒都・西条で酒造りに生涯を捧げた父を、その町で送ることができたことに、家族一同深く感謝しています。日本終活セレモニーのスタッフの心配りがなければ、実現できませんでした。




