母が75歳で息を引き取りました。庄原市西城町の中国山地の小さな集落で、母は一人暮らしをしていました。年金だけの生活で、経済的にも厳しい状況でしたが、「住み慣れたこの家を離れたくない」と、最後まで自宅での生活を続けていました。
母が亡くなったのは、春先の穏やかな日でした。私は遠方に住んでおり、頻繁に帰ることができませんでしたが、近所の方々が母を見守ってくださっていました。母の葬儀をどうするか考えた時、経済的な問題がまず頭に浮かびました。貯金もほとんどなく、葬儀費用をどう捻出するか悩んでいました。
役所に相談したところ、福祉葬という制度があることを知り、日本終活セレモニーを紹介していただきました。電話で相談すると、担当者の方が「福祉葬も対応しております。お母様を心を込めてお見送りできるよう、サポートさせていただきます」と優しく言ってくださいました。
翌日、スタッフが西城町まで来てくださり、福祉葬の内容や費用について詳しく説明してくださいました。「限られた予算の中でも、お母様らしい葬儀ができるよう工夫します。ご安心ください」と言ってくださり、大きな安心を得ました。
準備段階では、シンプルながらも心のこもった祭壇を作ってくださいました。母が好きだった山野草を庭から摘んで飾り、母が大切にしていた写真も配置しました。福祉葬だからといって質素すぎることなく、母の人柄が感じられる温かい空間を作ってくださいました。
葬儀当日は、私と親戚、そして母を見守ってくださっていた近所の方々が集まりました。シンプルな式でしたが、皆が心から母を偲び、感謝の気持ちを伝えることができました。読経の間、窓の外では母が愛した西城の山々が静かに佇んでいました。
スタッフの方々は、福祉葬でも決して手を抜くことなく、丁寧に対応してくださいました。母の尊厳を守り、家族の気持ちを大切にしながら、全ての手続きを進めてくださいました。火葬場への移動も、母が散歩していた西城の道を通り、母が慣れ親しんだ景色を見ながらの旅立ちとなりました。
火葬後は、自宅に戻り、近所の方々と母を偲ぶ時間を持ちました。「お母さんはいつも笑顔で挨拶してくれた」「困った時は助けてくれた」と、皆が母の優しさを語ってくださいました。経済的に厳しい状況でも、日本終活セレモニーのスタッフは、母を心を込めて送ってくださいました。福祉葬という制度があることを知らなければ、母を送ることができなかったかもしれません。心から感謝しています。




