父が84歳で息を引き取りました。府中市元町で生まれ育った父は、若い頃から家具職人として働き、府中家具の発展を見守ってきました。「府中の家具作りに人生を捧げてきた。この町で生まれ、この町で死ねれば本望だ」と、父は晩年よく話していました。
父が亡くなったのは、冬の静かな夜でした。工房の音が聞こえなくなった静寂の中で、父は静かに旅立ちました。私たち家族は、父が愛したこの府中の家で葬儀を行うことを決めました。しかし、府中市には提携の葬儀場がなく、自宅葬をどのように進めればいいのか分かりませんでした。
そんな時、父の仕事仲間から日本終活セレモニーを紹介していただきました。電話で相談すると、担当者の方が「職人気質のお父様の葬儀、心を込めてお手伝いさせていただきます」と言ってくださり、すぐに府中まで来てくださいました。
訪問時、スタッフの方は父が作った家具を見て、「素晴らしい仕事をされていたんですね。これらの家具に囲まれての葬儀、お父様も喜ばれると思います」と言ってくださいました。そして、父が生涯かけて作ってきた家具を祭壇周りに配置し、父の人生を表現する空間を提案してくださいました。
準備段階では、父が若い頃から使っていた工具や、作品の写真なども飾ることになりました。また、府中家具の歴史を示す資料や、父が受賞した表彰状なども祭壇の近くに配置し、父の職人としての誇りが感じられる葬儀となるよう配慮してくださいました。
葬儀当日は、家族と父の仕事仲間、かつての弟子たちが集まりました。父が作った桐箪笥や、婚礼家具に囲まれた空間で、読経が始まりました。参列者の一人が「こんなに素晴らしい家具を作ってこられて、本当に尊敬します」と涙ぐんでいたのが印象的でした。
スタッフの方々は、父の職人としての人生を理解し、細やかな配慮をしてくださいました。火葬場への移動の際は、父が通勤で通っていた道を選び、家具工場の前を通りながらの最後の旅となりました。工場の方々が外に出て、深々と頭を下げて見送ってくださった光景は、今でも忘れられません。
火葬後は、自宅に戻り、父が作った食卓を囲んで会食をしました。父の作品に囲まれながら、父の人生を振り返り、その功績を称える時間を持つことができました。府中という家具の町で、職人として生きた父を、その作品とともに送ることができたことに、家族一同深く感謝しています。日本終活セレモニーのスタッフの心配りがなければ、実現できませんでした。




