竹原市本町・町並み保存地区の町家で見送る家族葬(自宅葬)

父が88歳で大往生を遂げました。竹原市本町の古い町家で生まれ育ち、一度も離れることなく暮らし続けた父にとって、この家は人生そのものでした。晩年、父は「最期は住み慣れたこの家で、家族だけに見守られて旅立ちたい」と何度も口にしていました。 父が亡くなったのは、桜の花びらが町並み保存地区に舞い散る春の日でした。私たち家族は、父の遺志を尊重し、自宅での葬儀を決めました。しかし、竹原市には提携の葬儀場がなく、どのように進めればいいのか戸惑っていたところ、近所の方から日本終活セレモニーを紹介していただきました。 最初の電話相談で、担当者の方が「自宅葬も十分に対応できます。お父様が愛されたご自宅で、心を込めてお見送りのお手伝いをさせていただきます」と言ってくださり、大きな安心感を覚えました。その日のうちにスタッフが駆けつけてくださり、町家特有の間取りを確認しながら、どのように祭壇を設置するか、参列者の動線をどうするかなど、丁寧に提案してくださいました。 準備段階では、父が大切にしていた竹原の風景写真や、若い頃に酒造りをしていた時の写真などを祭壇周りに飾る提案をいただきました。また、狭い路地に面した我が家へのアクセスについても、近隣への配慮を含めて細かく計画を立ててくださいました。 葬儀当日、春の穏やかな陽射しが障子越しに差し込む中、父を囲んで家族と親しい友人たちが集まりました。祭壇は父が毎日眺めていた床の間に設えられ、白い菊の花が静かに香っていました。読経が始まると、古い町家の梁から響く音が、まるで父の魂が家に宿っているかのように感じられました。 スタッフの方々は、町家の構造を理解した上で、棺の出し入れから参列者の案内まで、全てを滞りなく進めてくださいました。火葬場への移動も、竹原の狭い道を熟知しているかのようにスムーズで、私たちは心を落ち着けて父との最後の時間を過ごすことができました。 火葬後は、父が愛した瀬戸内の海を眺めながら、家族で静かに会食をしました。竹原の町家で生まれ、竹原の町家で最期を迎えた父。その一生を、住み慣れた我が家で見送ることができたことに、家族一同心から感謝しています。日本終活セレモニーの温かいサポートがなければ、父の願いを叶えることはできませんでした。

相談無料お電話はお気軽に
無料通話
資料請求
上側 供花・供物のご注文はコチラ
事前相談・資料請求はコチラ
© All Rights Reserved. 広島市で 葬儀・家族葬なら日本終活セレモニー