三次市作木町での自宅葬 – 山間の集落で義父の遺志を尊重した直葬

義父が肺がんで闘病の末、83歳で亡くなりました。三次市の作木町という山間の静かな集落で一人暮らしをしていた義父は、生前から「葬儀なんて大げさなことはしなくていい。家族だけでひっそりと見送ってくれればいい」と言っていました。また、遠方に住む親族が多く、高齢者ばかりだったこともあり、通夜や告別式を省略した直葬という形式を選ぶことにしました。

三次市のような地方では、昔ながらの葬儀の形式が根強く残っており、直葬という選択に理解を示してくれる葬儀社を見つけるのは簡単ではありませんでした。いくつかの葬儀社に問い合わせた中で、日本終活セレモニーは都市部だけでなく、三次市のような地方での自宅葬や直葬の実績も豊富だと知り、相談することにしました。電話での対応が非常に温かく、「直葬も立派な供養の形です。義父様の遺志を尊重しましょう」と言ってくださったことが決め手となりました。

担当者の方は三次市の作木町まで、山道を車で来てくださいました。到着後、義父の遺体を丁寧に安置し、納棺の準備をしてくださいました。直葬とはいえ、家族でゆっくりと最後の時間を過ごせるよう配慮してくださり、納棺は翌日の朝に行うことになりました。その夜、家族だけで義父の思い出を語り合いながら、静かに過ごすことができました。

翌朝、納棺の儀式は家族5人だけで行いました。スタッフの方が「義父様の好きだったものを一緒に納めてあげてください」と提案してくださり、義父が愛用していた釣り竿のミニチュアや、孫たちの写真、そして義父が大切にしていた手紙などを棺に納めました。義父の穏やかな顔を見ながら、涙が止まりませんでした。

火葬場への出発は午前10時でした。三次市から広島市内の火葬場まで、スタッフの方が運転する霊柩車で向かいました。私たち家族も自家用車で後に続きました。道中、義父が生前よく訪れていた江の川沿いの景色を眺めながら、「お義父さん、最後の三次の景色を目に焼き付けてください」と心の中で語りかけました。

火葬場では読経などの儀式は行わず、家族だけで静かに手を合わせました。火葬の待ち時間には、義父の人生について改めて語り合いました。戦後の苦しい時代を生き抜き、家族を大切にし、質素ながらも誠実に生きた義父の姿を思い出し、胸が熱くなりました。

骨上げの際、スタッフの方が一つ一つの骨の部位を説明しながら、丁寧に誘導してくださいました。「これが喉仏です。大切に拾ってください」という言葉に、義父の最後の姿を心に刻みました。

直葬という簡素な形式でしたが、決して義父を粗末に扱ったわけではありません。義父の遺志を尊重し、家族だけで心を込めて見送ることができました。日本終活セレモニーのスタッフの方々は、直葬という形式にも偏見を持たず、一つ一つの工程を丁寧に執り行ってくださいました。三次の山々に囲まれた自宅から旅立った義父は、きっと満足していると信じています。

相談無料お電話はお気軽に
無料通話
資料請求
上側 供花・供物のご注文はコチラ
事前相談・資料請求はコチラ
© All Rights Reserved. 広島市で 葬儀・家族葬なら日本終活セレモニー