福山市駅家町での自宅葬 – 92歳の父を生まれ育った家で見送った家族葬の記録

父が92歳で大往生を遂げました。福山市の駅家町で生まれ育ち、同じ家で一生を過ごした父にとって、最後もこの家から旅立つことが何よりの供養だと家族全員が考えました。父は生前から「派手な葬儀は要らない。家族だけで静かに見送ってほしい」と繰り返し言っており、自宅での家族葬を選ぶことに迷いはありませんでした。

日本終活セレモニーを知ったのは、近所に住む幼馴染の紹介でした。その方も数年前に自宅でお母様を見送られた際、こちらの葬儀社に大変お世話になったとのことで、「自宅葬の経験が豊富で、細かいところまで配慮してくれる」と強く勧めてくれました。福山市内にも様々な葬儀社がありますが、地元での評判と実績を重視し、すぐに連絡を取りました。

最初の打ち合わせで担当者の方が駆けつけてくださったのは、連絡からわずか1時間後でした。父が息を引き取ったばかりで気持ちの整理もつかない中、担当者の方は落ち着いた口調で「まずはゆっくりお別れの時間を過ごしてください」と声をかけてくださいました。その後、自宅の間取りや動線を確認しながら、祭壇の配置や参列者の導線について丁寧に説明してくれました。

準備段階では、自宅という限られた空間を最大限に活用する提案をいただきました。父が長年過ごした居間を式場とし、隣の和室を親族の控え室として使う配置です。祭壇は父が愛した庭の景色が見える位置に設置することになりました。父の好きだった菊の花を中心に、シンプルながらも品格のある祭壇を作っていただきました。

葬儀当日、スタッフの方々は早朝から来てくださり、テキパキと準備を進めました。ご近所の方々への配慮も忘れず、駐車場の案内や騒音への気遣いなど、細かな点まで対応してくださいました。通夜には親族と父の古くからの友人たち約20名が集まり、父の人生を振り返りながら思い出話に花を咲かせました。慣れ親しんだ家での通夜は、格式ばった雰囲気ではなく、まるで父を囲んで団らんしているような温かさがありました。

告別式も滞りなく進行し、最後は家族だけで父に別れを告げました。長年父が座っていた縁側から庭を眺めながら、「ここで最期を迎えられて良かったね」と母が涙ながらに語った言葉が今も心に残っています。火葬場への移動も、スタッフの方が全て手配してくださり、スムーズに進みました。

福山という地で生まれ、福山で生き、そして福山の自宅から旅立った父。日本終活セレモニーのスタッフの皆様のおかげで、父らしい穏やかな最期の時間を過ごすことができました。自宅葬という選択は、私たち家族にとって最良の決断だったと確信しています。

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